「家族の軌跡 3・11の記憶から

(山形国際ドキュメンタリー映画祭 上映作品)

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、東北沿岸部を取材する日が今も続いている。僕らが生きている時代は、これで終わってしまうかもしれないとまで、現場は絶望感に包まれていたことを思い出す。命を亡くした2万人を思う日が続いた。現地で見た安置所のご遺体を今も思い出すことがある。「無念だったと思います」と言いながら自衛隊員が涙を拭う姿もあった。自分に置き換えられない現実に寄り添うことが、どれほど難しいことなのか、それを肌で感じてきた。相手の言葉を受け止めるだけが精一杯だった。どうしてもこの記憶や空気感を写真や映像にとどめておきたかった。

僕はカメラマンという記録者だからだ。

 

ドキュメンタリー映画を作ろうと思ったのは、震災から2年ほど経っていたころだ。がれきの分別をするおばさんの言葉が一つのきっかけだった。その現場は、塵や埃が海風でつねに舞い上がっていた。目の前のがれきの山は、自宅かもしれない、いや、友だちの家の柱かもしれない。しかし今の生活を少しずつ立て直していくために、目の前の仕事を淡々とこなしている。

「ここを撮って!この現状を知って欲しい!」

背中を押されたように、僕はビデオカメラを回し始めた。そこには真剣な眼差しの中に、笑顔があった。 〜以下略〜 (本編映画チラシより)

大西暢夫 (写真家/監督)

 

1968年岐阜県揖斐郡池田町育ち。

18歳で上京し、東京綜合写真専門学校卒業後、写真家/映画監督の本橋成一氏に師事。

1997年にフリーカメラマンに。25年ぶりに故郷の岐阜県に戻り、古民家に暮らしながら、撮影の仕事や原稿を書き続けている。最近の主な仕事は、日本中のダムに沈んでいく村々の撮影。精神科病棟の取材を雑誌のグラビアで10年間連載中。2011年4月からは東日本大震災の現場に行き、地元の池田町で取材報告会を開いたり、岐阜新聞での連載を続けている。著者に、『おばあちゃんは木になった』(ポプラ社:第8回日本絵本賞)/『僕の村の宝物』(情報センター出版局)/『ひとりひとりの人』(精神看護出版)/『ぶた にく』(幻冬舎エデュケーション)(第59回小学館児童出版文化賞/第58回産経児童出版文化賞 大賞)などがある。